毎週のメッセージ

毎週のメッセージ「神からの報いを私たちに受けるようにさせる3つの行動(イッサカル族の月)」

親愛なる 信じておられる聖徒の皆様!

私たちはイッサカル族の月であるイッヤルの月に、ちょうど入ったばかりです。イッサカルという名前は「私の報い」を意味します。

ヘブル11:6は言っています。「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです」。私たちが神を熱心に求める時、神は私たちを報いてくださいます。

イエスは私たちに、神を求めるために私たちが3つのことを行なうなら、神は私たちに報いてくださると教えました。

神からの報いを私たちに受けるようにさせる御国の3つの正しい行ない:

1.私たちが自分の経済を神に捧げる時(マタイ6:1〜4)。   

  • 私たちは隠れたところで神に捧げるようにと教えられています。神が私たちの隠れている行ないを見る時、神は私たちに報いてくださいます。
  • 私たちは人々や教会に褒められたりするために捧げてはなりません。
  • 私たちは教会、ミニスターたち、あるいは貧しい人たちに捧げるのではありません。私たちは神に捧げます。 私たちの動機は、神の御目にとって純粋なものでなければなりません。

2.私たちが隠れたところで祈る時、神は私たちに報いてくださいます(マタイ6:5〜15)。   

  • 私たちの感謝、賛美や嘆願の祈りは、隠れたところで行わなければなりません。
  • 私たちが見られる、また聞かれるために人々と一緒に祈るのを楽しんでいるなら、私たちは自分の報いを失います(マタイ6:5)。
  • 神は隠れたところで私たちが祈るのを見られ、私たちを報いてくださいます(マタイ6:6)。
  • 私たちは ことば数が多ければ、自分の祈りが聞かれると思ってはなりません(マタイ6:7)。
  • 神は私たちが必要なものをすでに知っておられます。ですので、私たちは何をすれば良いのでしょう? 私たちは神の御名、神の国と神のみこころをまず第一に求めます。
  • 私たちは賛美を通して神の御名を求めます。私たちはイエスの御名を賛美します!
  • 私たちは自らを明け渡し、王に自分の人生を捧げることによって神の国を求めます。
  • 私たちは異言で祈ることによって、神のみこころを求めます。私たちが異言で祈る時、聖霊は私たちを通して神の完全なみこころを祈られます(ローマ8:26〜27)。

3.私たちが隠れたところで断食をする時、神は私たちに報いてくださいます(マタイ6:16〜18)。   

  • 断食は、私たちがみことばを通して神を求めることができるよう、私たちが何かを食べない、あるいは何かをしないと選ぶ時です。
  • 私たちは人に知られたくて、断食をしてはなりません。食べ物、飲み物、甘いもの、テレビ、インターネットやその他のものを断食するのは、神の臨在が私たちを満たすよう求めるためにするのです。
  • 断食は神を変えはしません。断食は私たちの霊的願望が命を吹き返すことができるよう、私たちの肉の欲や願望を殺します。祈りにおいて強くなるには、自制が必要です。
  • 断食とは、私たちが何も食べないということではありません。私たちが神とそのみことばをさらに求めることができるよう、私たちは多くのものを否むことを選ぶことができるのです。

この季節において、イエスがされたように 私たちは祈りと断食を通して、荒野の季節から出て行かなければなりません(マタイ4:2)。サタンは私たちや全世界を試しています。反キリストの霊が立ち上がっていますが、イエスが私たちに授けてくださった権威によって、私たちは打ち勝つことができます(ルカ10:19)。

チェックする最初の質問は常に「私たちは何を食べているのか」です。イエスは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」と言われました(マタイ6:4)。私たちは人々が語っているものによって生きているのではなく、神が語っておられるものによって生きています。立ち上がって、神が語っておられることを語ろうではありませんか!

すべては神とその御国からの報いのために!

使徒 ゲヤス・ローレンス

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